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子宮体がんに対する最新のロボット支援下手術

─ 婦人科がんのより低侵襲で精密な治療に向けて ─

婦人科がんのうち、日本国内で増加傾向にある子宮体がんや卵巣がん、そして若年者の子宮頸がん。手術で根治を目指せる場合には、これら臓器や周辺のリンパ節などを切除する術式が多く取られますが、お腹に大きな傷が残ることや妊孕性への影響などから、女性にとっては厳しい選択となることもあります。
三重大学病院では、子宮体がんに対する「子宮・卵巣・卵管の全摘出および傍大動脈を含む周辺リンパ節の切除」を一度で完了するロボット手術を国内でいち早く成功させ、全国2位の症例数を数えます(2021年)。婦人科がんに対し、患者さんの負担を軽減する低侵襲な治療を目指すとともに、妊孕性については、高度生殖医療センターを備え、その温存をサポートしています。産科婦人科の近藤英司准教授に話を聞きました。

産科婦人科准教授 近藤英司

産科婦人科 准教授
近藤英司

全国2位の実施件数を持つ子宮体がんロボット支援下手術

子宮体がん、子宮頸がん、卵巣がんをはじめとする女性特有のがんについて、最近の治療動向はどうなっていますか。

早期に発見できれば、完治が見込まれますが、進行してから診断された場合はやはり困難なケースとなります。これは、どのがん腫にも言えることです。
しかし、最近は、進行子宮頸がんや子宮体がんに対する薬物療法が進歩し、完治が望まれる症例も増えてきました。具体的には、免疫細胞ががん細胞に対して適切に力を発揮できるようにする「免疫チェックポイント阻害剤」が保険診療で使えるようになったり、卵巣がんに対しては、がんの原因となっている変異遺伝子に働きかける「PARP阻害剤」が登場したりしていることが挙げられます。
このように婦人科悪性疾患に対する治療法の進歩は目覚ましいものがあり、治療ガイドラインに示された治療方針が1~2年で改訂されることも多くなってきました。

三重大学病院の婦人科は、そうした最新の薬物療法も取り入れつつ、婦人科がんの外科的治療において、国内でも有数の症例数を持っています。

当科では、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、卵管がん、腹膜がんなど女性器に関連する全ての悪性疾患を治療対象としています。中でも、子宮がんと卵巣がんの手術件数は、2021年度だけで全国7位となる232件に上ります。
特に、患者さんの負担が少ない低侵襲なロボット支援下手術や腹腔鏡手術を積極的に行っています。子宮体がんに対するロボット支援下手術は、2021年度に件数で全国2位となる実績です。

ロボット支援下手術

子宮体がんに対するロボット支援下手術では、先進的な取り組みを進めてきたそうですね。

一般的には、子宮体がんのIB期(腫瘍の浸潤が子宮筋層1/2を超えている)からⅡ期(腫瘍が頸部間質に浸潤しているが、子宮を超えていない)の場合には、「子宮・卵巣・卵管の全摘出および傍大動脈を含む周辺リンパ節の郭清(切除)」が検討されますが、現時点で、その両方を保険診療で行う場合には開腹手術が条件となります。
当院では、これを全国でもほとんど行われていない“ロボット支援下の同時手術”で行っています。

それをロボット支援下で、また一度に行う理由は何でしょうか。

ロボット支援下手術は、様々な点において低侵襲であるという理由です。
婦人科悪性疾患に対する開腹手術では、みぞおちから恥骨まで切開する必要があり、身体的な負担から術後の社会復帰に時間がかかったり、疼痛があったり、美容的な点からも傷跡が残るという課題がありました。
ロボット手術は、これら身体的、社会的、美容的な点においてメリットがあります。また、一度の手術で完了することで、身体的、社会的なメリットがさらに大きくなると考えられます。

子宮体がんに対する「子宮・卵巣・卵管の全摘出および傍大動脈を含む周辺リンパ節の郭清術」の切開創の比較
子宮体がんに対する「子宮・卵巣・卵管の全摘出および傍大動脈を含む周辺リンパ節の郭清術」の切開創の比較

三重大学病院でそうした同時手術をロボット支援下で行えるのはどうしてですか。

当院が、手術ロボットda Vinciを導入し、腎泌尿器外科でロボット支援下手術を開始したのが2013年です。婦人科は、それに続いて2017年に、子宮体がんに対するロボット手術に取り組み、実績を積んできました。
現在は、日本婦人科ロボット手術学会・日本産婦人科内視鏡学会・日本婦人科腫瘍学会が共同で認定するプロクター(手術指導医)が、私を含む2名在籍しており、当科の術者が常に技術を高められる環境が整っています。
また、合併症のリスクが高い高度肥満症の方の子宮体がんについても、麻酔科の医師や手術室看護師の協力のおかげで、安全を最優先して施行できる体制ができていることも強みになっています。

その子宮体がんに対するロボット支援下の同時手術の課題をあげるとすれば、まだ保険適用ではないという点でしょうか。

現状は、ロボット支援下の手術としては、早期子宮体がんの「子宮全摘出と骨盤リンパ節郭清術まで」が保険適用となっていますが、それ以外は対象となりません。しかし、そう遠くないうちに、この子宮体がんを対象とした傍大動脈リンパ節郭清術を含めたロボット支援下手術が保険収載される見込みです。

開腹手術腹腔鏡下ロボット支援下
保険適用同時に実施する場合にも保険適用となる保険適用とする場合は、別々に行う必要がある現時点では保険収載されていないが、まもなく認定施設において保険適用となる予定
利点同時に受けた場合でも保険適用となる・出血や合併症リスクが少ない
・傷口が数センチと小さい
・入院期間が5日
・より精密な切除が可能
・出血や合併症リスクが少ない
・傷口が数センチと小さい
・入院期間が5日
・一度で完了できる
課題・手術痕が30cm前後残る
・入院期間が1週間以上になる
両方の手術を受ける場合には、2回にわたる現時点では自費診療となる
子宮体がんに対する「子宮・卵巣・卵管の全摘出および傍大動脈を含む周辺のリンパ節の郭清術」に対する術式の比較

現在は、希望があれば、自費診療でその手術が受けられるということですか。

はい、その通りです。
当院は、2021年11月に、ロボット支援下で「子宮・卵巣・卵管の全摘出、および傍大動脈を含む周辺のリンパ節の郭清」を同時に行うこの術式を国内で初めて成功しました。2023年9月末までに、すでに同手術を12件実施しています。

腹腔鏡下で行う子宮頸がんや卵巣がん治療

子宮頸がんの治療についても教えてください。

子宮頸がんの場合、直径2cm以下の腫瘍に対しては、「腹腔鏡下広汎子宮全摘術」を施行しています。
これは、子宮だけでなく、その周囲の血管や靭帯などを含め比較的広範囲で切除するとともに、骨盤内のリンパ節の摘出を行うもので、2017年4月より保険適用となっています。腹腔鏡下なので、低侵襲に行うことが可能です。

進行が速いと言われる卵巣がんに対してはどうでしょうか。

卵巣がんでは、卵巣の摘出と腫瘍が認められる周辺臓器の切除を行いますが、現時点では開腹手術しか保険診療が認められていません。
当院では、やはり患者さんへの低侵襲性を重視し、院内の倫理委員会の許可を得て、早期卵巣がんや進行した卵巣がんに対して、術前に化学療法を行い、腫瘍の縮小が見られた場合に腹腔鏡下の卵巣がん根治術を施行できるように取り組んでいます。

妊孕性温存療法とより低侵襲な婦人科がん治療に向けた取り組み

婦人科がんはAYA世代にも見られます。治療において、妊孕性(妊娠する力)への影響も大変気になるところです。

当院には、高度生殖医療センターがあり、AYA世代以下のがん患者さんに対する妊孕性温存療法として、県内で唯一、卵巣凍結や卵子凍結を施行しています。
また、適応と判断できれば、早期の子宮頸がんに対しては広汎子宮頸部摘出手術、早期の子宮体がんに対しては黄体ホルモンの服用による高用量プロゲスチン療法をと、可能な限り子宮の温存を目指す治療にも取り組んでいます。

婦人科領域でも、今後ロボット手術が大きく進化していくと考えられます。安全性をどのように評価していますか。

子宮体がんに対するロボット支援下手術は、日本国内では約5年前に保険収載されました。長期予後の点から、今後の慎重な解析が必要です。しかし、より長い実績を持つ諸外国での長期予後を見てみると、開腹手術と比較しても有意差はありませんので問題ないと考えます。

三重大学病院の婦人科では、さらにどのような取り組みを進めていきますか。

最近のがん治療は、遺伝子解析を行い、特定の遺伝子変異を持つ症例に対して、個別化医療を行う時代になってきています。例えば、BRCA1/2という遺伝子の変異が見られる「遺伝性乳癌卵巣癌症候群」などがその代表疾患です。
当院でも、がん支援センターを中心にバイオバンクを利用した遺伝子解析を積極的に行う予定です。集学的治療として、遺伝子変異に合わせた化学療法や放射線治療を早期に開始し、手術療法においては低侵襲であるロボット手術を組み合わせることで、根治だけでなく、患者さんのいろいろな負担を軽減し、早期に社会復帰ができるように取り組んでいきたいと考えています。
また、当院におけるロボット手術の技術を当院のみならず、他院の医師の方の技術向上に生かしてもらえるよう、手術教育にも力を入れています。この活動は今後も大事にしていきたいと思っています。

患者さんの了解を得た上で、手術のオンライン配信などを通じた外部の医療関係者に対するロボット手術の技術教育も行っている。
患者さんの了解を得た上で、手術のオンライン配信などを通じた外部の医療関係者に対するロボット手術の技術教育も行っている。

最後に患者さんへメッセージをお願いします。

子宮頸がんは、世界中でいまだに日本でだけ増加しています。これは、HPVワクチンの接種率の低さと子宮がん検診の受診率の低さに起因します。英国では、子宮頸がん撲滅宣言も出ているほどの状況です。私たち婦人科医も患者さんにワクチンや検診に関する正しい情報をお伝えし、がんの早期発見にもっと努める必要があります。また、日々進化するがん診療に引き続き真摯に向き合っていきます。
産科婦人科は、出産から更年期まで女性の一生に寄り添うことができる診療科です。なんでも相談してください。

産科婦人科准教授 近藤英司

産科婦人科 准教授
近藤英司

桑名市出身。大好物はすき焼きと餅全般。三重県にはいろいろ有名なお餅がありますが、やはり地元桑名の安永餅が一番のお気に入りです。
音楽は、中高生時代によく聞いていたマイケル・ジャクソンやプリンス、YMOが今も好きです。大学時代はスキー部に所属していましたが、現在の趣味はゴルフ。なかなか上達しませんが・・・。
産科婦人科医を目指したのは、周産期と婦人科腫瘍のどちらにも携われるという強みに惹かれたからです。子どもの頃から、生物すべてが好きで昆虫採集などにいそしんでいました。それが、生物を対象とする獣医学や医学への関心の起点だったように思います。

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