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消化器がんに対する低侵襲な内視鏡治療

「内視鏡は診断のための機器」という定義は、その現在の活用範囲から言うと狭すぎるものとなりました。直径約1㎝の先端には、カメラやレンズだけでなく、電気メスや鉗子などを装備でき、さらに精密な動きにも対応できる「治療のための機器」として、今や消化器診療に欠かせないものとなっています。
特に、早期の消化器がんに対しては、口や肛門から直接アプローチする内視鏡であれば、低侵襲に切除できるため、外科療法、薬物療法、放射線療法に続くがんの治療法として存在感が高まりつつあります。日本消化器内視鏡学会が認める消化器内視鏡専門医が県内最多在籍する三重大学病院でも、内視鏡による早期がん切除術の件数はここ10年でおよそ倍になっています。
消化器・肝臓内科の池之山医師に聞きました。

消化器・肝臓内科 助教 池之山 洋平

消化器・肝臓内科 助教
池之山 洋平

診断から早期がんの切除まで、消化器診療に欠かせない内視鏡

内視鏡は、“治療”というより“検査”というイメージがあります。

内視鏡の起源は、ギリシャ・ローマ時代にあるとされており、その歴史はとても古いんです。現在の内視鏡は、太さ1cm程度の細長い管の先端に小型カメラ(CCD)、またはレンズが内蔵されており、口や肛門から挿入することで、咽頭、食道、胃、十二指腸、大腸の内部を非常に鮮明な画像で観察することができます。また、NBI(narrow band imaging)やBLI(blue laser imaging)といわれる特殊な光を照らす技術により、がんなど小さな病変でも観察できるようになっています。
これが見る道具としての内視鏡ですが、それだけではなく、消化管に直接挿入できるという特徴をいかし、早期のがんを切除する治療機器としても広く普及しています。
内視鏡による切除術は1970年ごろから行われてきましたが、それからわずか50 数年で飛躍的な進歩を遂げ、今や消化器診療において欠くことのできない診断・治療技術となっています。

がんの切除にはどのように使われるのですか。

消化管の早期がんに対する内視鏡治療は、ESD(endoscopic submucosal dissection:内視鏡的粘膜下層剝離術)と呼ばれる治療が主流です。
ESDは、まず内視鏡で粘膜表面に拡がっているがんを中心に切除範囲を決め、マーキング、つまり印をつけます。次に、粘膜の下にある粘膜下層にヒアルロン酸や生理食塩水などを注射します。そうすると、がんが押し上げられ、浮き上がります。その後、内視鏡の先端から特殊な電気メスを出し、周囲の粘膜を切開し、粘膜下層を剥離して、がんを周囲の粘膜ごと切除します(図1)。
以前だと、ESDは一部の先進施設で行われる非常に高度な手技でしたが、内視鏡や周辺機器の進化、治療ストラテジーの考案などにより、現在では実施可能な施設が増えています。

ESDの手順
図1. ESDの手順

どういったがんが、内視鏡による切除治療の対象になっているのでしょうか。

もともとESDは、早期胃がんに対する治療として始まったものですが、その後、食道、大腸と適応が広がり、現在、先進施設では咽頭や十二指腸にできたがんに対しても行われるようになっています。
また、臓器によって違いはありますが、基本的に浸潤が進んでおらず、リンパ節転移や遠隔転移のない早期がんが適応となります (図2)。
大きさについては、制限がなくなってきていて、非常に広範なものでも早期がんであればESDでの治癒が望める時代となっています。

内視鏡治療の適応(胃の場合)
図2. 内視鏡治療の適応(胃の場合)

がん治療の選択肢を広げる低侵襲性

かなり適応範囲が広がっているようですが、内視鏡によるがん治療のメリットにどのようなものがありますか。

現状、がんの根治を目指す一番の治療法は、がんを完全に取り切ることです。その場合、外科手術、腹腔鏡下手術やロボット支援下手術が従来の選択肢となってきました。早期がんに限って言えば、それらに比べた内視鏡治療の最大の特徴は、患者さんの身体的負担が少ない、低侵襲であるということです。
外科手術は、開腹による傷が大きいため、術後の回復に一定の時間がかかります。また、臓器の一部を取り去ることによる後遺症や感染などによる合併症のリスクもゼロではありません。
腹腔鏡下手術やロボット支援下手術の場合には、開腹に比べてお腹の傷は小さいですが、臓器の一部を切除する点では同様です。
これに対し、内視鏡治療は、体表面を傷つけることなく、口あるいは肛門から挿入した内視鏡でがんのみを切除することができます。よって、侵襲度が格段に小さく、入院期間が短い上、治療後の生活の質も担保されるという利点があります。
また、基本的に全身麻酔を要しないため、全身状態が悪く外科的手術を受けるのが難しい方や高齢の方の選択肢になり得ます。
部位の観点では、食道や十二指腸の外科的切除は、一般的に侵襲度が高く、生活の質が低下する傾向がありますが、内視鏡であれば、こういった問題の多くも解決することが期待できます。

内視鏡の挿入や切除に伴う苦痛は、どの程度なのでしょうか。

内視鏡治療、特にESDはかなり繊細な操作が求められます。患者さんには、30分~3時間程度、動かずにお待ちいただかなければなりません。よって、静脈麻酔により眠った状態で治療を受けていただくことになります。
静脈麻酔は、呼吸管理などが必要な気管挿管下の全身麻酔とは違い、末梢静脈から鎮静薬、必要に応じて鎮痛薬も加えて投与し、自発呼吸や体動が可能なレベルで麻酔をかけるものです。
この静脈麻酔下で血圧や酸素飽和度などを管理し、安全性を担保した上で、患者さんには苦痛なく治療を受けていただくことができます。

一方で、その他の切除術に比べて、がんを取り切れないなどのリスクはないのですか。

先ほどご説明した通り、内視鏡による切除の対象となるのは、原則として、早期がんで遠隔転移やリンパ節転移がないものです。対象となるかどうかは、術前にしっかり見極めることが重要になります。
また、早期がんであっても、範囲がわかりづらいものも存在するため、どこまでを切除するのかの診断もきっちり事前に行う必要があります。
こうした診断を的確に行い、適応できると判断したものについては、概ね内視鏡で安全に取り切ることが可能です。

部位による注意点についてはどうでしょうか。

中には、適応であると判断されても、十二指腸や咽頭にできたがん、大きく広範な病変や憩室(消化管の壁が外側に突き出て袋状になってしまった部分)内にできた腫瘍など、内視鏡による切除に高い技術力と経験が求められるものもあります。実際に、こうした難易度の高い病変に対応できる医療機関は限られています。
三重大学病院では、日本消化器内視鏡学会認定の消化器内視鏡専門医が県内最多数在籍し、難易度の高い症例にも豊富な実績を持つ体制で、積極的に内視鏡による治療を行っており、良好な治療成績をおさめています。

腫瘍の部位や状態を明瞭な画像で確認しながら行う内視鏡治療(ESD)
図3. 腫瘍の部位や状態を明瞭な画像で確認しながら行う内視鏡治療(ESD)

外科治療、放射線治療、抗がん薬物療法に並ぶ重要な治療法に

内視鏡によるがん治療は、増加傾向にあるのですか。

内視鏡によるがん治療例は増加しています。その背景として、拡大内視鏡や光デジタル法といった内視鏡の機能自体の発展や内視鏡診断学の確立があります。
内視鏡検査によって、リンパ節転移のない早期の段階で消化管のがんが発見されやすくなり、また、ESDをはじめとした内視鏡治療技術が大きく進歩し、治療適応病変が拡がっている状況です。
実際、国立がん研究センターがん情報サービスによると、2019年のがん罹患者数は、食道が26,382人(11位)、胃が124,319人(3位)、大腸が155,625人(1位)でしたが、同年のNational Database(NDB)によると、食道がん、胃・十二指腸がん、大腸がんの内視鏡治療件数はそれぞれ、13,513件、56,734件、28,751件(大腸はESDのみの件数)となっています。単純計算ではありますが、それぞれ51%、46%、18%が内視鏡で切除されていると推測することができます。
内視鏡治療が、外科治療、放射線治療、抗がん薬物療法に並ぶ重要な治療になりつつあることを物語っていると思います。

三重大学病院での消化器がんに対する内視鏡治療件数も同様に増えてきているのでしょうか。

当院での治療件数も確実に増加しており、内視鏡治療は消化器内科の重要な役割を担う領域となっています(表1)。

三重大学消化器内科における内視鏡治療件数
表1. 三重大学消化器内科における内視鏡治療件数

内視鏡による治療対象は、がん以外にも広がりそうですね。

はい。最近では良性疾患に対する治療にもその応用が広がってきています。
例えば、食道蠕動運動の障害が嚥下障害をきたすアカラシアという疾患に対するPOEM1、薬剤抵抗性の難治性逆流性食道炎に対するARMA2やESD-G3などと呼ばれる治療法が、低侵襲で、なおかつ症状改善に大きく寄与するものとして一部の施設で開始されています。当院でも近々これらの治療を導入する予定です。
それ以外にも、3cm以下の胃消化管間質腫瘍に対し、ESDを応用した切除技術として内視鏡的全層切除術4も開発されました。この腫瘍は、本来、外科との合同切除が必要とされてきましたが、この手法により、内視鏡のみの全層切除で根治が望めるようになりました。現在、先進医療として施行可能になっており、今後保険収載が検討される予定です。

1) Inoue H, Minami H, Kobayashi Y, et al. Peroral endoscopic myotomy (POEM) for esophageal achalasia*. Endoscopy 2010;42:265-71.
2)Inoue H, Tanabe M, de Santiago ER et al. Anti-re¬ flux mucosal ablation(ARMA)as a new treatment for gastroesophageal reflux refractory to proton pump inhibitors : a pilot study. Endosc Int Open 2020;8:E133-8.
3)Ota K, Takeuchi T, Harada S et al. A novel endo¬ scopic submucosal dissection technique for proton pump inhibitor-refractory gastroesophageal reflux disease (ESD-G). Scand J Gastroenterol 2014;49:1409-13.
4) Shichijo S, Uedo N, Yanagimoto Y et al. Endoscopic full-thickness resection of gastric gastrointestinal stromal tumor : a Japanese case series. Ann Gastroenterol 2019;32:593-9.

今後の内視鏡治療はどうなっていくと見ていますか。

ESDは、早期がんの多くが対象となり、三重県で実施可能な施設も増えています。また、前述した通り、種々の良性疾患に対しても応用され始めており、その有効性への注目が高まっていくと思います。
加えて、本邦のがん患者さんは高齢化しており、様々なリスクへの適切な対応が求められています。今後は、高齢の方のがん治療において、内視鏡治療の適応がさらに拡大される可能性もあり、その重要性は増していくのではないでしょうか。

三重大学病院では、内視鏡の遠隔治療への活用にも取り組んでいると聞きました。

現在、放射線医学の佐久間教授をプロジェクトリーダーに、医療のデジタルトランスフォーメーション(医療DX)を積極的に推進しています。
その中で、私は「遠隔内視鏡支援」のプロジェクトを担当しており、地方に勤務する経験年数の少ない医師に対するリアルタイムな支援を通じて、質の高い内視鏡診療の均てん化に取り組んでいます。
現在は内視鏡検査のバックアップのみなのですが、将来的には治療についても遠隔での支援が可能となり、地方にいながら先端の内視鏡医療を受けられる未来も近いと考えています。

内視鏡は定期的な健診としてもおすすめ

最後に患者さんにメッセージをお願いします。

まずは患者さん自身に、消化器がんのリスクを知っていただき、予防に取り組んでいただきたいです。胃がんであればピロリ菌、食道がんは喫煙や飲酒、大腸がんは飲酒や加工肉・赤身肉などがリスクとされています。
また、内視鏡治療は、生活の質を落とさず、がんを根治できる非常に良い治療ですが、早期で病変を発見できなければなりません。そのためには、定期的な健診として内視鏡検査を受けることをおすすめします。現在は、検査精度が非常に高くなっているので、もし何か異常があれば、早期発見ができ、早期治療が可能です。
内視鏡検査はこわいというイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、鼻から挿入するものや鎮静下で検査を実施してくれる施設も増えているので、ぜひ安心して受診してください。
また、三重大学病院では、内視鏡診断と治療に力を入れておりますので、何かお困りの際は消化器・肝臓内科にお気軽にご相談ください。

消化器・肝臓内科 助教 池之山 洋平

消化器・肝臓内科 助教
池之山 洋平

三重県玉城町出身。好物は赤酢寿司、趣味はランニング、旅行、地酒巡り。剣道が特技で、学生時代からの座右の銘は「不撓不屈(ふとうふくつ:逆境や困難にくじけず、立ち向かうの意)」。
小学生の時、祖父が胃癌で亡くなり、その時の主治医に憧れを抱いて消化器疾患を取り扱う医師を目指した。三重の患者さんに最先端の医療を届けられるよう、東京のがん専門病院で研鑽を積み、2023年から三重大学病院の消化器・肝臓内科で主に消化管(食道、胃、十二指腸、大腸)領域の疾患の診療に携わる。

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