膀胱がんに対するロボット支援下手術
─ 6名の認定医を中心に取り組む低侵襲治療 ─
膀胱がんにおけるロボット⽀援下での膀胱全摘除術を三重県で唯⼀⾏う三重⼤学病院の腎泌尿器外科。
患者さんの負担が少ない低侵襲な治療で⾼い根治性を⽬指しています。また、全摘出⼿術で失われた排尿機能を新たに確保するための尿路新膀胱造設術もロボット⽀援下で多く実施しています。
膀胱がんの治療の考え⽅やロボット⽀援下⼿術について、腎泌尿器外科の佐々⽊外来医⻑に聞きました。
腎泌尿器外科
講師・外来医⻑ 佐々⽊ 豪
膀胱がんは、膀胱そのものにできるがんと理解してよいでしょうか。
膀胱がんは、膀胱の内腔にできるがんで、そのほとんどが膀胱の内部を覆う膀胱粘膜の⼀番内側の層(尿路上⽪)にできる尿路上⽪がんです。
男性の⽅が⼥性よりも発⽣率が⾼く、最⼤の危険因⼦は喫煙です。その他、限られた⼀部の職場で使⽤される発がん物質(ベンジジンなど)への接触も危険因⼦であることが知られています。
初期症状として、どういったものがありますか。
最も多いのは、⾎尿です。特に、「無症候性⾁眼的⾎尿」といって、排尿時の痛みなどの症状がなく、⾁眼でも認識できる⾎尿(⾁眼的⾎尿)だけがある場合には、17%で膀胱がんが⾒つかります。⾎尿を認めたら、他に症状がなくても、すぐに診察を受けていただくことが⼤事です。
また、⾎尿は必ずしも⾁眼で分かるものばかりではなく、顕微鏡でなら確認できる「顕微鏡的⾎尿」と呼ばれるものもあります。⼈間ドックなどで発⾒されることも多いです。
他にも、頻尿、残尿感、排尿時痛といった症状もありうるので、⾃覚があれば、受診をおすすめします。
治療⽅針はどのように決定していくのでしょう。
検査により腫瘍(がん)が認められたら、⼀般的には、まず尿道から内視鏡を膀胱内に挿⼊し、腫瘍を取り除く経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)という⿇酔下での⼿術を⾏います。
同時に、がんが膀胱の筋層(筋⾁の層)まで到達しているか否かを判断するため、切除した腫瘍の組織を病理診断します。
その結果により、次の治療が決まるのですか。
病理診断で、筋層に達していないが、悪性度の⾼い「筋層⾮浸潤性膀胱がん」であると認められた場合には、2回⽬のTURBTを⾏い、万が⼀未切除のがんがあれば切除します。
また、膀胱内にBCGという薬剤を注⼊する治療を追加します。
TURBTは、治療だけではなく診断の⼿段にもなるのですね。
治療はもちろん、診断としての側⾯も⾮常に重要です。というのも、「筋層⾮浸潤性膀胱がん」では、TURBT後の再発率が30〜70%、また、再発を繰り返すうちに10〜15%で「筋層浸潤性膀胱がん」に進展するとされます。
こうした報告を踏まえ、三重⼤学病院の腎泌尿器外科では、微⼩な病変や平坦な病変の⾒落としを防ぐために、TURBTの際、腫瘍部位を⾚く光らせる光⼒学診断(PDD)も活⽤しています。
筋層に達している場合はどう判断されますか。
筋層に達した「筋層浸潤性膀胱がん」の場合には、リンパ節転移、肺転移、⾻転移、肝臓転移を起こしやすいため、膀胱を温存する抗がん剤治療や放射線治療などに固執せずに、適切なタイミングで膀胱全摘除術を⾏うべきとされています。
膀胱全摘除術、つまり膀胱を全摘出する⼿術を受けた場合、排尿機能は確保できるのでしょうか。
膀胱全摘除術の場合には、排尿機能が失われるため、新たに排尿に必要な尿路を確保する「尿路変向術」が必要となります。
当科では、それぞれの状態に応じて、「尿管⽪膚瘻(ひふろう)術」、「回腸導管術」、「新膀胱造設術」という3つの術式から選択し、排尿機能の確保を⾏っています。
尿管⽪膚瘻術と回腸導管術は、お腹に尿の排泄⼝(ストーマ)をつくるものです。当院の⽪膚・排泄ケア認定看護師の指導を受け、ご⾃分でストーマケアを習得していただければ、通常の⽇常⽣活を送っていただくことは可能です。
⼀⽅、ストーマに頼らないのが、新膀胱造設術というものですね。
新膀胱造設術は、⼿術前と同様に尿道⼝から排尿できるよう、代⽤膀胱を⼩腸(回腸)を⽤いてつくるというものです。がんのある場所や数、腹部の⼿術歴などから選択できない場合もあります。
⼿術後は、時間を決めてトイレに⾏き、お腹に⼒を⼊れて排尿すること(腹圧性排尿)が可能となりますが、残尿が多い場合には、⾃⼰導尿を必要とすることがあります。
しかし、この術式では、尿道を温存するため、尿道再発のリスクが4%ほど残ります。
ロボット⽀援⼿術認定医6名および指導医2名が在籍。
ロボット⽀援下⼿術のうち三重県では、当院のみが膀胱全摘除術を実施しています。
最近は、膀胱がんの治療にロボット⽀援下⼿術も導⼊されています。
遠隔転移がない筋層浸潤性膀胱がんやBCGによる治療で改善がみられない膀胱上⽪内がんのうち、根治の望める場合に膀胱を全摘する⼿術(膀胱全摘除術)が⾏われます。その多くの症例が、ロボット⽀援下⼿術の対象となります。
ただし、開腹⼿術歴があり、著しい腹部の癒着がある場合や、がんの浸潤がかなり⾒られる場合には従来型の開腹⼿術を選択することがあります。
ロボット⽀援下での膀胱全摘除術は、従来の⼿術とどのように違うのでしょうか。
泌尿器科の領域の中で、開腹による膀胱全摘除術は最も患者さんの負担が⼤きい⼿術の⼀つです。
それと⽐較して、ロボット⽀援下では、根治性を保ちつつ、出⾎量の軽減、傷の縮⼩、⼿術後の合併症の低減、⼊院期間の短縮、社会復帰の早期化が期待できます(図2)。
世界ですでに20年の歴史があり、⽇本を含め、世界各国で急速に普及してきました。
様々な選択肢を適切に組み合わせ患者さんに最適な治療を提案することが⼤事。
そのために、泌尿器科医全員で活発な意⾒交換をしています。
また、当科では、尿路変向に必要な腸管の処理すべてを、ロボット⽀援下により体腔内で⾏う腔内尿路変向術(ICUD)も多くの症例で⾏っています。
ロボット⽀援下膀胱全摘除術は、低侵襲ではあるものの、8〜12時間という⻑い⼿術時間を要します。当科では、豊富な専⾨医の数をいかして、拡⼤リンパ節郭清術(周辺のリンパ節の切除)、膀胱全摘除術、尿路変向術のそれぞれに術者を配置し、執⼑医の集中⼒を維持する安全な体制で取り組んでいます。
2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | |
前立腺全摘術 | 57 | 69 | 78 | 83 | 73 | 52 | 57 |
腎部分切除術 | 0 | 15 | 33 | 34 | 50 | 62 | 57 |
膀胱全摘除術 | 0 | 0 | 0 | 1 | 22 | 11 | 12 |
腎盂形成術 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 5 |
その他、膀胱がんに対する最新治療の取り組みは何かありますか。
浸潤性膀胱がんに対する標準治療としては、先ほど説明したような膀胱全摘除術とともに、術前に抗がん剤治療を⾏います。
中でも転移性膀胱がんにおいては、がんに対して免疫が働けるようにする「免疫チェックポイント阻害剤」や、がんをピンポイントに攻撃する「抗体薬物複合体」といった新たな治療薬が登場しています。
様々な選択肢を適切に選定したり、組み合わせたりすることで、患者さんに最適な治療の提案ができることが⼤事です。そのためにも、当科では、主治医のみならず、泌尿器科医全体で患者さんごとの病状を共有し、活発に意⾒交換するなど、科を挙げたチーム治療に取り組んでいます。また、症例によっては治療の選択肢となり得る新たな治療に関する臨床試験も⾏っています。外来でご相談ください。
腎泌尿器外科 講師・外来医⻑
佐々⽊ 豪
趣味は、⼩学校から続けている野球。昨年は、⼦どもが所属している⼩学校のソフトボールチームの監督をしました(写真左から3番⽬)。⼦供達の成⻑、地域との繋がり、貴重な体験ができました。
腎泌尿器外科は、さまざまな外科的治療(腹腔鏡⼿術、開腹⼿術、経尿道的内視鏡⼿術)に加え、内科的治療や知識(化学療法、感染症、腎不全、内分泌、排尿障害、尿路結⽯、⼥性泌尿器科、⼩児泌尿器科、性機能など)が求められることに魅⼒を感じ、この領域を選択しました。
⼤切にしている⾔葉は、“Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.”(明⽇死ぬかのように今⽇を⽣きよ。永遠に⽣きるかのように学べ)です。