ミライの医療研究室

デジタル技術を用いた新たな心不全管理に関する研究

医療の研究においては、「病気を治す」とともに、「悪化を防止する」ということが非常に重要なテーマになる領域があります。その一つが、現在、罹患者数が急増している心不全です。
現在の医学では完治させることが難しい心不全については、予防や悪化防止のために、いかに生活習慣を改善させ、悪化のサインを見落とさないかについて様々な研究や取り組みが進められています。
三重大学病院の循環器内科も、心不全のメカニズム解明や治療法の研究に並んで、心不全患者さんのためのアプリの開発に取り組んでいます。目指すのは、体調管理、運動管理、悪化サインの把握など、患者さんの毎日の生活に寄り添って、健康寿命の延伸をサポートするアプリです。

大学院医学系研究科
循環器・腎臓内科学
循環器内科 助教 伊藤 弘将

心不全パンデミック

現在、世界中で心不全の患者さんが大幅に増加しており、高齢化とともに今後もその傾向が続くと予想されています。こうした状況は、感染症患者の爆発的な広がり(パンデミック)に例えて、「心不全パンデミック」と呼ばれ、重要な医療課題としての対策が急務となっています。

心不全とは

心不全は、心臓の病気や高血圧によって心臓の機能が低下することにより、血液の循環が悪くなり、全身に様々な不調をきたす状態のことをいいます。慢性的な経過をたどり、悪化により入退院を繰り返しながら、徐々に身体機能の悪化や心肺機能の低下を招きます。
そのため、心不全にならないための予防、または状態を悪化させないための適切な管理を行うことが肝要です。

そして、この疾患管理においては、①自分自身の健康状態を正確に把握し、②決められた内服治療や運動療法を継続し、③体調悪化の傾向がある場合には、適切なタイミングで医療機関を受診することがポイントとなります。
そのため、日々の血圧や運動量などを記録し、変化に気づくための自己管理ツールとして、これまでは、「心不全手帳」と言われるような“紙”媒体の手帳が利用されてきました。

ハートサインの開発

しかしながら、紙の手帳では、データ管理や情報共有に限界があり、患者さんも自身の状態の悪化に気が付きにくいなどの課題がありました。

そこで、循環器内科は、近年急速な発展をしているデジタル医療技術を用いた、新たな心不全管理の仕組みを構築するための研究プロジェクトを立ち上げました。
そのプロジェクトの核となるのが、2020年夏頃からIT企業と開発を行ってきた、心不全の自己管理を支援する「ハートサイン」というアプリです。

「心不全パンデミック」回避というゴールに向けて

ハートサインは、非常に簡易的なシステムで心不全の状態の目安を通知するアプリです。
心不全の患者さんは、主に自宅にて自分自身で計測した血圧や脈拍、体重といったデータをスマホ上で入力・記録し、該当する症状を選ぶような仕様になっています。
心不全の診断や治療を行う承認された医療機器ではありませんが、患者さんがアプリからの通知を参考に、自身の状態を客観的に把握でき、適正な受診のタイミングを知ることができると考えています。

例えば、アプリが入力内容に基づき、「心不全が悪化傾向にある」と通知すれば、患者さんは1か月先に予定していた受診を早めに変更し、悪化による緊急入院を避けることができるかもしれません。そういった積み重ねが、心不全で入院しなくてもよい期間の延長につながり、最終的に心不全の予後の改善や身体機能の低下抑制、医療費の抑制へとつながる可能性があります。
また、今後、心不全管理に関するデータを蓄積することで、どのような点に気を付ければ心不全の悪化を阻止できるか、人工知能(AI)の技術も応用し、解明できる可能性も考えています。
まさに「心不全パンデミック」の回避を視野にいれたアプリの開発です。

患者さんがハートサインで管理・記録した情報を医療チームと共有することで、より細やかにサポートすることが可能になる。

実用化に向けた臨床試験

ハートサインの実用化には、心不全の悪化防止の上で、ハートサインがどのくらい効果を示せるのか、どのような機能や使い方が適切なのかなどを調べる臨床試験が必要です。

まず、2022年春から約1年間で50名ほどの心不全患者さんにハートサインをご使用いただき、研究データを評価・解析しました。その結果では、高齢の方にもご使用可能であり、高いアプリの使用率を維持し、心不全の生活の質(QOL)スコアが改善したことを確認できました。

2024年1月からは、三重大学病院を含めた三重県内の17か所の医療機関でハートサインの有効性を検証する大規模な臨床試験を実施しています。1~2年で具体的な結果が得られるものと考えています。

「ハートサイン」のもっと先へ

さらに、ハートサインを活用した心不全パンデミック回避のための取り組みは、次のような新たな研究や実証実験にも広がっています。

  1. ウエアラブルデバイス1)を用いた遠隔運動指導機能を搭載した研究
  2. 心不全や心疾患に関する学習コンテンツの配信サービスの開始
  3. 他のパーソナルヘルスレコード2)アプリとの連携による医療情報の相互利用の推進

ハートサインの開発を含め、デジタル医療の分野はますます進歩していくと思いますが、重要なことは、その中で、患者さんと医療者という「人と人」とのつながりがしっかりと感じられることだと考えています。
ぜひ、循環器内科の今後の研究やプロジェクトにご期待ください。

1)ウエアラブルデバイス:主に手首や腕に装着するコンピューターデバイス。代表的なものとして、手首に装着するスマートウォッチ(Apple Watchシリーズ: Apple社、Fitbitシリーズ: Google社)があり、心拍数や心電図、運動に関するデータなどが取得可能になってきています。

2)パーソナルヘルスレコード:個人の健康・医療・介護に関する総合的な情報のこと。また、その情報を個人レベルで管理する仕組みのことを指します。

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