安全安心な手術に向けて
─麻酔科の取り組み─
三重大学病院の麻酔科は、2022年春に体制を一新しました。それからおよそ一年半、専門医の数も増え、手術件数も戻りつつあります。
そこで共有されているのは、「患者さんの安全と安心が何よりも優先」というシンプルだけど、最も大切なこと。新しくなった麻酔科の体制強化をリードしてきた賀来科長は、手術のことを「我々にとっては7000件のうちの1件でも、患者さんにとっては人生における一大事」と、よく話します。その言葉に込められた想いと安全安心な手術のための取り組みの今を聞きました。
麻酔科 科長・教授 | |
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賀来 隆治 |
患者さんの安全を最優先に
麻酔科医とは、“手術室で麻酔をかける専門医”という説明であっていますか。
簡単に言えば、概ねその通りです。もう少し詳しく言うと、麻酔科医の仕事の中で一番大切なのは、周術期(手術中およびその前後)の患者さんの安全を守ることです。手術には、どうしても痛みが伴いますが、患者さんが安心して手術を受け、安全に手術が終わるよう、我々麻酔科医がいろいろな方法でその痛みを取り除き、患者さんを守っています。
同時に、患者さんへの麻酔により、外科医は手術に集中し、力を最も発揮できます。その環境を整えるのも麻酔科医の大事な仕事です。
その技術や知識を応用して、麻酔科医はペインクリニックや集中治療室でも働いています。
そうした当院の麻酔科医を束ねる麻酔科長として着任し、一年半が経ちました。この間、どういったことを重視してきたのでしょうか。
現在の当院麻酔科の体制は、麻酔指導医6名、専門医2名、専攻医3名となっています。安全な手術管理を行うために必要な麻酔科医数を確保できていますが、まだ理想の規模とは言えません。
それに見合わない手術の数を担えば、どうしてもリスクが高まります。その中で、この一年間は、効率ではなく、患者さんの安全を最優先することに取り組んできました。
具体的には、どのような取り組みですか。
例えば、手術が集中しやすい午前中には、患者さんの入室時間をずらしたり、入れ替え時間に余裕を持たせたりして、人手がかかるタイミングにできるだけ多くのスタッフをアサインできるようにし、協力して対応する体制を作るようにしてきました。
こうした取り組みは、麻酔科医だけでなく、手術室で働く全スタッフの時間的、精神的余裕にもつながります。過剰なストレスがかかり続けるのではなく、スタッフも幸せでないと、患者さんを幸せにすることができないですし、安全の確保もできないと思います。
より質の高い周術期管理に向けた人材育成
麻酔科医の数を増やす取り組みの方はどうでしょうか。
一人でも麻酔科学に興味を持ってくれる人たちを増やすことを常に考えていて、学生教育・専攻医リクルートにも積極的に関与するようにしてきました。
人材確保、特に人材育成には時間を要しますが、三重大学病院の麻酔科で働きたい、専門医の資格を取得したいと思う人が今後多く出てきてくれるように、誰もが働きやすい環境づくりも続けていきます。
専攻医研修プログラムが再開されたことも布石になるといいですね。
指導医が少ない中でも、我々の安全第一の取り組みを認めていただき、今年から専攻医研修プログラムが再開され、1名の専攻医を迎え入れることができました。
また、昨年まで行えていなかった医学部6年生に対するエレクティブ教育(臨床実習)も復活させ、今年は16名の学生がそれぞれ5週間の麻酔科実習に参加してくれます。
これからもこういった努力を続けて、麻酔科学に興味を持ってくれる人、最終的には麻酔科医の増加を目指していきます。
麻酔科の体制強化に向けて、さらにどのような取り組みを進める予定ですか。
やはり、人を集めることです。麻酔科医が増えれば、術前外来やチームによる術後回診をもっと充実させることができます。より質の高い周術期管理を提供するためにも、もっともっとスタッフを増やすことが必要です。
そのためには、麻酔科に興味を持ってもらう人を増やすことが重要ですので、初期研修医や学生向けの座学・ハンズオンセミナーを多く企画する予定です。我々の仕事を知ってもらい、実際に対面でお話しする時間を大切にしていきたいと考えています。
雰囲気づくりにも力を入れているとか。
現在の麻酔科はとても雰囲気が良く、笑顔の絶えない職場になっていると自負しています。他の科の医師の方々に研修に来ていただいた際にも、少しでもメリットとなり、将来の糧にしていただけるよう、その上で楽しく業務に取り組んでもらえるようにと、麻酔科スタッフ一同強く願って尽力しています。
また、その医師の方々が、今度は、主治医や執刀医として、我々麻酔科医がいる手術室に来られ、一緒に仕事をするわけですが、研修を通じて同じ時間を共有しているので結束は固く、コミュニケーションも良好なため、医療チームとしてのレベルも上がると感じています。
三重大学病院のこういった各診療科と手術室チームの縦と横のつながりの濃さは、他の大学病院にはない魅力だと思います。
患者さんを中心とするチーム
前半のお話の中でも、“患者さんの安全”という言葉が出てきました。“安全な手術“をどう定義づけしていますか。
当院の手術室では、非常に厳しいルールや手順が設定されており、手術の大小に関わらず徹底されています。また、現在の医療レベルを考えると、安全な手術は当たり前に提供できなければならないでしょう。
その前提で、私自身は、“安全”、さらにはそれに“安心”が加わった手術とは、「患者さんを中心とするチーム全体の信頼関係の下、患者さんが心から安心して臨むことができる手術」だと考えています。
患者さんを中心とする、とは?
患者さんは、手術が必要な病気が見つかってから手術当日まで、とても不安な時間を過ごされています。病気のことだけでなく、どんな点が不安で心配なのかまで、主治医はもちろん、スタッフ全員が情報を共有し、患者さんとともにチームで乗り越えていくという気持ちを持ってこそ、安全安心というのが実現されるのではないでしょうか。
病院では毎日たくさんの手術が行われます。我々にとっては年間7000件のうちの1件でも、患者さんにとっては人生における一大事です。我々麻酔科医も常にそれを忘れずに、これからも質の良い周術期管理を提供していこうと思います。
“1件の手術”ではなく、“その患者さんの手術”にチームで取り組むことが、安全安心に重要だということですか。
まさにそうです。
視点を広げれば、安心安全の確保には、朝早くから、または最終の手術の後夜遅くまで、手術ごとに手術室や関連設備の清掃・準備をしてくれるスタッフの働きも大きいです。「患者さんを中心とするチーム」は、医師や看護師、薬剤師だけでなく、このように安全安心な手術に欠かせない役割を担う多くのスタッフがいて成り立ちます。このチームを麻酔科としてもしっかり支えていきたいです。
最後に、これから手術に臨まれるという患者さんやご家族にメッセージをお願いします。
三重大学病院は、これまで見てきた施設の中でも手術の質が高く、手術室看護師も患者さんのために一生懸命働きたいという気持ちが強いです。不安なく手術が受けられるように、スタッフ一同応援しますので、安心してお任せください。
また、麻酔科としても、今後、術前外来や術後回診を増やして、皆さんとお話しする機会を増やせるように努力していきます。それを待たず、何かわからないことがあれば、「麻酔科医師の話が聞きたい!」と主治医や病棟スタッフにお伝えください。いつでもお部屋に伺います。
麻酔科 科長・教授
賀来 隆治
三重県は、岡山生まれ・岡山育ち・岡山勤務だった私にとって初めての赴任地です。この一年半で、三重の食べ物は全部美味しいことがわかりました。特に、日本酒は本当に美味しいものが多いです(而今とか作とか半蔵とか)。
それから、三重の皆さんには普通かもしれませんが、ゴルフ場の風が強いです。おかげで、こちらに来てから一度も良いスコアが出ていません(風のせいではない?)。
最近、だいぶ三重弁も聞き慣れてきました。自分でも「やで」とか「やに」とか「やん」とかをもっと上手に使えるようになりたいに。
三重大学病院は、特定機能病院として、また地域医療の拠点として、三重県や近隣県の患者さんに安全で質の高い医療を提供するために、さらには、研究や人材育成を通じて日本のみならず世界の医療の発展に貢献するために、いろいろな活動に取り組んでいます。
「取り組み」のコーナーでは、こうした活動をピックアップしてご紹介しています。