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妊孕性温存療法

─がん治療で将来の妊娠可能性をあきらめない─

産科婦人科 統括医長
高度生殖医療センター 副センター長
講師
高山 恵理奈

妊孕性温存療法とは

がん治療により妊娠に関わる機能がダメージを受けることがある聞きます。

がん治療成績向上は目覚ましいものがあり、治療後に通常の生活を送る方(がんサバイバー)が増えました。

一方で、がん治療では晩期合併症として卵巣機能不全や無精子症が起こり、不妊に至ってしまう場合があります。

不妊となるリスクが高い治療を行う場合には、治療前に精子・未受精卵子・胚(受精卵)・卵巣組織を凍結保存しておき、将来の妊娠出産の可能性を残すという選択をすることもできます。これを目的とした治療を「妊孕性温存療法」といいます。

どういった方が妊孕性温存療法の対象になるのですか。

悪性腫瘍に対して抗がん剤や放射線治療を受けることにより、卵巣や精巣に影響を受ける可能性がある方が対象になります。

また、乳がんで手術後にも長期間にわたるホルモン療法が必要なケースで、卵巣予備能の低下が予想される方も対象です。

それ以外に、悪性腫瘍でなくても、卵巣や精巣に影響のある抗がん剤を使用するという場合も対象となります。

がん治療を予定していても妊孕性温存治療の対象にならない場合もあるのでしょうか。

妊孕性温存療法は、主に小児、およびAYA世代と呼ばれる15~39歳の思春期・若年を対象とするものであり、生殖年齢を超える場合は適応となりません。

男性においては、精子凍結をするために採精しなければなりませんので、射精が困難な男児は精子凍結できないことになります。

また、妊孕性温存治療はもともとの病気の治療を遅らせないということを原則としていますので、病気の治療を急ぐ場合や病状が安定していない場合は、対象とならないことがあります。

妊孕性温存療法の方法としては、精子・未受精卵子・受精卵・卵巣組織の凍結保存とのことでしたが、手順などについてもう少し詳しく教えてください。

凍結保存は、不妊となるリスクが高い治療を行う前に行います。
精子凍結は、射精された精液から良好な精子を選別して凍結します。

未受精卵子・胚凍結には、卵巣刺激(排卵誘発)を行なった上での採卵術が必要になります。獲得できた卵子を凍結する、またはパートナーの精子と受精させてできた胚、つまり受精卵を凍結します。

卵巣組織凍結の場合には、腹腔鏡を使って片側の卵巣を切除することが必要になります。摘出した卵巣の皮質を小切片に分けて凍結します。

いずれの場合も、妊孕性温存療法による合併症が生じないよう、注意して行うことが前提です。

妊孕性温存療法は保険適用となるのでしょうか。

妊孕性温存療法については、基本的に自費診療となります。

ただし、国や自治体が治療費の負担軽減を支援する「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」というものがあり、この条件に合えば助成を受けることができます。

*「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」については下記をご参照ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin_00010.html(厚生労働省)
https://www.pref.mie.lg.jp/KODOMOK/HP/m0330400068.htm(三重県)

三重大学病院における妊孕性温存療法の体制

三重大学病院では、妊孕性温存治療をどのような体制で行っていますか。

当院では、妊孕性温存療法を行う高度生殖医療センターを中心に、乳腺外科、小児科、血液内科、腫瘍内科など多診療科が連携し、がん治療の状況を踏まえながら安全に実施できるよう包括的な医療体制を整えています。

医師だけでなく、臨床心理士、看護師など多職種が参加するがん・生殖医療チームも構成されていて、カンファレンスを通じて情報共有や症例検討などを行い、患者さんごとにサポートしています。

2026年春、最新の設備とプライバシーにより配慮した環境を備えた院内新施設に移転した。

三重県内では、三重大学病院が妊孕性温存療法を行う唯一の医療機関です。

はい。当院は、先ほどご紹介した妊孕性温存療法の助成を受けるための県内唯一の実施指定医療機関でもありますので、その利用も可能です。

当センターが開設された2015年5月から妊孕性温存療法を開始し、2025年までに妊孕性温存療法の紹介受診患者数は、男性118例、女性196例の計314例になりました。

そのうち、精子凍結が88例、未受精卵子凍結は39例、胚(受精卵)凍結は20例、胚および未受精卵子凍結が4例、卵巣凍結が39例となっています。

凍結保存しておいた胚などを使用しなくても自然妊娠した症例もありますが、使用して妊娠成立した症例は男女合わせて12例あります。現在、温存後生殖補助医療実施中の方もいらっしゃいます。

年齢的に将来の妊娠についてイメージが沸かなかったり、がん治療と同時進行しながらであったり、患者さんによっては妊孕性温存療法を受けるべきかどうか判断しにくい場合もあると思います。高度生殖医療センターでは、妊孕性温存治療の検討に際してはどのようなサポートを行っていますか。

当院のがん・生殖医療チームには、医師、看護師、胚培養士、心理士、チャイルドライフスペシャリスト、社会福祉士などの多職種が参加しています。

患者さんと丁寧にお話をし、それを基にチームで検討し、患者さんごとの病状やがん治療計画・背景・意思に沿って最適な妊孕性温存療法を提示するようにしています。

妊孕性温存療法は実施しなければならないものではありません。患者さんが十分な情報を得て、自身で選択できるよう支援することが大切です。細やかに面談し、その方が大切にしたいものや不安なところをうかがっています。

不育症や不妊症から妊孕性温存療法まで、一貫した診療体制を支える当センターの医師、看護師、胚培養士、事務職員の面々。

妊孕性温存療法を受けた患者さんががん治療後に妊娠を希望した場合のサポートも行っているのでしょうか。

まず、がん治療後の経過が良好で妊娠出産を希望された患者さんには、妊孕性が残っていれば自然な形での妊娠を支援しています。

また、がん治療の影響により自然な形での妊娠が難しいと判断した場合には、凍結保存した精子・卵子・胚(受精卵)を用いて体外受精・胚移植を当センターで実施します。

卵巣組織凍結していた場合は、もう一度体内に卵巣を戻す卵巣移植を行って妊娠を目指します。

しかし、患者さんごとに状況は様々で、がんの治療前に「妊孕性温存療法を実施できなかった」「実施しないと決めた」という方もいらっしゃいますし、妊孕性温存療法を行っていたとしても凍結検体で妊娠出産に至らないこともあります。

そのような場合にも、がん治療後のヘルスケアや心理支援に努めています。

三重大学病院の高度生殖医療センターは、妊孕性温存のみならず、妊娠の支援やそれに関わる心理的なケアも行っているのですね。

当センターの強みは、不育症から不妊症、そしてがん患者さんの妊孕性温存まで一貫して対応できる総合的な体制にあります。三重県内では、こうした幅広い生殖医療を行なっている施設は当センターのみです。

人工授精のような一般不妊治療はもちろん、体外受精・顕微授精などの生殖補助医療(ART)を中心に、患者さん一人ひとりの背景に合わせた個別化治療も提供しています。

不妊治療に関しては、心臓病や糖尿病などの内科疾患や精神科疾患のような合併症を抱えていらっしゃる患者さんに対しては、各診療科や周産期グループとも連携しながら治療を行っています。

男性の性機能障害や乏精子症・精子無力症・無精子症には、腎泌尿器外科と連携し、性機能や精子所見の改善を図ったり、無精子症に対しては精子獲得を目指して精巣内精子回収術(TESE)を行っています。

今年、院内の新しい施設にセンターが移転されました。

より安全で質の高い生殖医療を提供するための設備と環境の充実を図りました。

例えば、以前は産婦人科外来の一部を使用していたため、診療スペースに制約がありましたが、新センターでは、採卵室や回復室、培養室などが広くなり、患者さんにとってもゆとりある環境で治療を受けていただけるようになりました。

また、生殖医療専用の診察室・待合スペースを設け、プライバシーへの配慮も強化しました。

設備面では、最新のタイムラプス培養観察システムを導入しました。これにより、胚発育を連続的かつ非侵襲的にモニタリングできるため、より高い精度で胚の発育状態を評価でき、妊娠率の向上や不妊治療の最適化が期待できます。

新しい環境のもとで、今後も一人ひとりの患者さんが安心して治療に臨めるよう、引き続き設備・体制の充実を進めていく予定です。

最新のタイムラプス培養観察システムは、妊娠率に関わる胚の発育状態をより高精度に評価できる。

妊孕性温存療法に関して、三重大学病院の高度生殖医療センターに相談したいときはどのようにすればいいのですか。

当センターは、当院の患者さんだけでなく、他の医療機関で原疾患の治療をしている患者さんの相談も受けられるようにしています。お越しいただくには、原疾患の主治医からの「紹介状(診療情報提供書)」が必ず必要です。

三重大学病院に通院中であれば、その診療科からの紹介で診察予約をとります。他施設に通院中であれば、その施設から当院へ紹介をしていただき、診察予約をとることができます。まずは、主治医にご希望を伝えていただければと思います。

最後に患者さんへのメッセージをお願いします。

妊孕性温存治療において、当院のように他科との連携や多職種チームによるカンファレンスでの症例検討、自治体との連携などが充実している地域は少ないと聞きます。

私たちは、患者さんお一人おひとりの気持ちに寄り添いながら、科学的根拠に基づいた安全で質の高い医療を提供することを大切にしています。新しい命を迎えるための道のりは人それぞれですが、私たちはその一歩一歩をともに歩み、最善のサポートをお届けしていきます。

不妊や不育で悩まれる方、がん治療を控えて妊孕性温存を考えておられる方など、どのような状況の方にも安心してご相談いただける環境を整えていますので、お一人で悩まず当センターをお訪ねください。

産科婦人科 統括医長
高度生殖医療センター 副センター長/講師
高山 恵理奈

学生時代から、女性を診る診療科である産婦人科に興味を持っていました。産婦人科医となった今も、手術・分娩・内科的な診療など幅広い知識と経験が求められる、非常に魅力ある診療科だと感じています。

長らく周産期医療を中心に診療を行ってまいりましたが、2019年より生殖医療チームに加わりました。診療の内容は異なるものの、「生命の誕生に関わる」という面では共通しています。患者様お一人おひとりに丁寧に向き合い、十分にご納得いただいた上で医療を受けていただけるよう、今後も日々精進してまいります。

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