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“胸を切らない”肺がんの単孔式最新ロボット手術

術後合併症のリスクを大幅に削減する日本初の手術に成功

呼吸器外科 准教授
臨床研究開発センター 副センター長
川口 晃司

肺がん手術の9割以上を低侵襲な胸腔鏡やロボットで実施

三重大学病院の呼吸器外科では、肺がんに対して胸腔鏡やロボットによる低侵襲な手術に積極的に取り組んできました。現在は、どれくらいの手術が低侵襲なものになっているのでしょうか。

肺というのは胸郭という骨で取り囲まれています。骨の近くには神経が走っており、また胸郭は厚い筋肉で覆われています(図1)。そのため従来の肺がんの手術は、開胸して筋肉や肋骨を切り、骨と骨の間から行わなければなりません。患者さんの身体的負担も重く、術後の回復にも相応の時間がかかります。

図1.  従来の肺がん手術の課題

当科では、こうした従来の肺がん手術に伴う術後の回復や合併症の課題を少しでも解決したいと、早くから胸腔鏡やロボットによる低侵襲な手術を積極的に行ってきました。現在、年間150件の肺がん手術のうち、約65%が胸腔鏡で、約30%がロボット支援下です。
これにより、ほとんどの患者さんは、手術の翌朝から普通のごはんを食べたり、歩いたりして、術後7日以内で退院されています。

日本初の「肺がんに対する単孔式ロボット手術」に成功

その中で、今年2月、さらに低侵襲な「単孔式ロボット手術」を国内で初めて成功しました。どのような手術なのですか。

この手術は、当院が全国で導入7か所目となった最新の手術ロボットで行いました。一本のポートで様々な操作が可能なロボットです。
肋骨より下、骨のない腹部に4cmの傷を1つ(単孔)作り、ポートを挿入します。ポートを胸の方向に進め、横隔膜に小さな孔をあけて胸の中に到達させ、肺がんを切り出すというものです(図2)。

傷口4cmと言えば、一円玉2枚ぐらいでしょうか。

そうですね。従来のロボット支援下手術では、4か所程度の孔からロボットのポートを挿入しますので、それに比べても傷口がさらに少なく、侵襲性の軽減も期待できます。
実際に、当科では、この術式をこれまでに7人の患者さんに行っていますが、いずれの患者さんも術中の出血は少量で、現時点で合併症は認められず、1週間以内に退院されました。
何よりも、この術式であれば、胸に傷をつける必要がないので、肋骨の間の筋肉や神経を切ることもなく、肋間神経の損傷を回避することができます。肺がん手術の常識を変える「胸を切らない肺がん手術」と言えます。

図2. 胸を切らない「単孔式ロボット手術」

傷口の大きさだけではなく、「胸を切らない」メリットが期待できるということですね。

これまでの術式だと、肋間神経を切ったことによる神経痛を術後に訴える患者さんが少なくありませんでした。その肋間神経痛を発症すると数カ月から数年に及ぶこともあり、手術後に必要な抗がん剤治療を受けられなかったり、仕事になかなか復帰できなかったり、ゴルフや登山といった趣味を断念する患者さんもおられました。
この術式の一番のメリットとして期待できるのは、こういったリスクを減らせることだと考えています。

図3. 肺がんの手術痕の比較

この新たな術式の適応範囲についてはどうでしょうか。

どのような手術でも同じですが、全ての病状、患者さんに適しているというわけではありません。手術というのは何よりも安全性が重要ですので、部位や進行度に応じて、適切な診断を行い、最適な術式を選んでいくことが必要です。
特に単孔式ロボット手術はまだ始まったばかりであり、どういった症例に適応可能なのかを今後さらに検証し、その上で適応できる症例を広げていければと考えています。

地域医療DXやより効果的な治療に向けた呼吸器外科の取り組み

川口医師は、これまでも国内の肺がんロボット手術の発展をリードしてきた一人です。今回、国内初でこの単孔式ロボット手術に取り組んだ背景は何だったのでしょうか。

三重大学病院の呼吸器外科は、古くから低侵襲手術、すなわち患者さんに負担の少ない手術に積極的に取り組んできています。私自身もまだ肺がんに対するロボット手術が保険診療となる前の2013年からロボット手術を行い、チーム全体で技術を高めてきました。今回、こうした新しい術式に国内でいち早く取り組み、成功できたのは、そうした背景があったからだと思います。
そして、この最新の手術ロボットが何よりも患者さんのメリットにつながるということから、池田病院長が導入をスピーディに決定し、多くの病院スタッフの皆さんがサポートしてくれたおかげだというのは言うまでもありません。

川口医師は、呼吸器外科としては現在国内で3名のみというロボット外科専門医「国際Bクラス」(ロボット外科学会)の認定を持ち、これまでも先進的な手術に多く取り組んできた。

肺がん治療について、呼吸器外科としてさらに力を入れていきたいと考えていることはありますか。

肺がん治療の中でも、特に抗がん剤などの薬物治療の発展は目まぐるしいものがあります。進行した肺がんの治療としては、手術だけでなく、その前後の薬物治療も欠かせません。
以前の手術では、身体の負担が大きくて術後の回復が遅く、追加の薬物治療を受けられない患者さんも少なからずみえました。必要な治療に速やかにバトンタッチできるような、負担の少ない手術に今後も取り組んでいきたいと考えています。
また、今回行った肺がんに対する単孔式ロボット手術は、すでに保険診療の対象となっていますが、現時点では実施できる医療機関はごくわずかです。多くの呼吸器外科医が同じように施行できるようになることがよい手術としての条件でもありますので、私もその育成に役立っていければと考えています。

他にも、ロボット手術の特徴をいかして、地方の医療格差の解消にも取り組んでいると聞きました。

三重県のご協力もいただいて、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)としての遠隔手術支援によるがん手術の均てん化事業が動いています。
新規の術式が増えるなかで、若い医師への教育や指導はより重要性を増しています。また、三重県は医療の不均衡があり、地域医療の均てん化を進める必要があります。
以前は、外科手術は職人技であり、直接指導を受けて身につけるものでした。しかし急速に普及しているロボット手術はテクノロジーです。そうしたテクノロジーをいかして、「遠隔で手術を学ぶ」、「別の病院からリモートで手術に参加する」といったプラットフォームを作っていきたいと思い、今、診療科の垣根を越えたチームで取り組んでいるところです(図4)。

図4. リモートによるロボット手術技術の研修。遠隔でロボット支援手術を学んだり、参加できるプラットフォームの構築を目指している。

それでは、最後に患者さんへのメッセージをお願いします。

肺がんの予防は、昔から禁煙が第一とされてきました。しかしながら、近年はタバコを吸わない方が肺がんになるケースが多くなっており、誰もが罹患する可能性があります。また、どんながんでも早期発見が重要ですが、肺がんの検診はいまだ十分とはいえません。
以前は、主治医の言うことだからと受け身になっている患者さんが多くいました。今は治療も多様化し、施設ごとの専門性や機器なども様々で、医師だって気の合う人合わない人もあります。
だから、もし病気になってしまったら、自分でも本やネットで調べ、周りの人にも聞いて知識を得て、自分の納得した治療を選択することが大事だと思います。セカンドオピニオンなどの権利も保障されていますので、遠慮なく申し出てください。ぜひとも前向きに治療を受けていっていただきたいと思います。

(本人撮影)

呼吸器外科 准教授
臨床研究開発センター 副センター長
川口 晃司

50年前に名古屋で生まれ育ち、4年前に三重へやってきました。ちょうどコロナ禍だったので、周囲の人は皆マスク姿でしたし、お店や観光地もいまだにわずかしか知りません。そんな中で登山靴を買い、津市の経ヶ峰にもう10回は登りました。帰りには、今どき300円⁈という「あのう温泉」に入って癒されるというのが好きなコースです。

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