集中治療分野における日本初の医療の質評価指標の確立に向けて ― 人工呼吸器が示す変化と死亡率との関係性を解明 ―
医療の質を客観的に測る指標を「医療の質指標(Quality Indicator: QI)」と言います。しかし、ICUの重症患者さんを対象とした集中治療については、数値に基づいた科学的なQIがまだ確立されていません。
そこで、三重大学医学部附属病院の高度救命救急・総合集中治療センターをはじめとする国内18の施設は、集中治療分野に関する新たなQIの構築に向けた基盤整備に取り組んできました。
今回の研究は、加療中に新たに生じた呼吸器合併症を示すVAEという概念をQIの候補とし、日本の集中治療のQIとして機能するかの検証を目的として進められました。
この研究成果は、掲載のハードルが極めて高いことでも知られる、集中治療領域における世界的なトップ学術誌『Intensive Care Medicine』に掲載され、世界の専門家に注目されました。また、日本初の集中治療のQI確立やICUの医療向上につながると期待されています。

教授 鈴木 圭
集中治療におけるQIの必要性
重症患者が対象である集中治療は、その“質”が生命の維持や安定化はもちろん、患者さんの転帰に直結します。しかし、高いレベルで医療の質の確保が求められているにもかかわらず、現状、集中治療の分野においては、それを評価する科学的・客観的な指標(QI)はありません。
もしQIがあれば、ICUでの治療・ケアの現状や課題を可視化することができ、より質の高い集中治療を提供することができます。
さらにその結果として、より多くの患者さんのより良い回復に、医療者側の視点で言えば治療成績の向上につながると考えられます。また、行政や市民からすると、病院の集中治療の質を客観的に比較することが可能になります。
VAEとは
集中治療におけるQIへの世界的なニーズの高まりに応えるため、2013年、米国疾病予防管理センター(CDC)/全米医療安全ネットワーク(NHSN)は、世界中で利用できる集中治療の質を監視するシステムの構築を目指して、人工呼吸患者に生じる呼吸器合併症を表すVAE(Ventilator-associated event)という新たな概念を公表しました。
VAEとは、重症患者さんの加療中に新しく生じた呼吸器合併症の指標です。一般に用いられる病理診断とは違い、VAEは合併症が発生した際に起きる“人工呼吸器の変化”によって定義付けされます。
人工呼吸器は、患者さんの容態に合わせて、細かく設定して使用します。合併症により呼吸機能が悪化すれば、吸入させる酸素量を増やしたり、呼吸を助けるための圧を上げたりします。また、それらの数値は常時呼吸器に記録されています。
そうした数値の変化をまとめたのがVAEであることから、新たに生じた呼吸器合併症を間接的に表すとされ、重症患者さんに対して、いかに呼吸器合併症による容態悪化を起こさず治療を行えたかを測るQIとしてVAEが最適なのではと期待されてきました。
VAEに関わる課題
こうして各国でVAEをQIに応用する検討が始まったのですが、VAEと患者さんの予後との関係性について不確実性があると、世界的に大きな疑義が巻き起こりました。
QIは、“患者の予後不良因子である”はずなので、この大前提が問題視された格好です。VAEを集中治療のQIとして臨床展開するにあたって、まず解決すべき大きな課題が露呈したのです。
それ以外にも、各国でVAEの臨床応用を考えた場合、重症患者に対する医療サービスの提供体制は国によって大きく異なりますから、米国発のQIが他国の臨床現場で適合するのかは不確かです。
つまり、日本においても、日本独自にVAEが患者さんの予後と密接に関係するかどうかを立証することが必要でした。
VAEと死亡率の関連性の可視化に成功
日本国内で集中治療のQIとしてのVAEの臨床展開に向けた検討に取り組んだのが、三重大学医学部附属病院の高度救命救急・総合集中治療センター(救急科)をはじめとする国内多施設共同研究グループです。
VAEが集中治療のQIとして相応しいのかを明確にするため、患者さんの予後との関係性の解明を目指しました。
研究では、最終的に日本国内18の集中治療室で計1,094人の患者さんを対象に調査を実施、分析については、重症度と治療内容の経時的な変遷を組み込む新たな統計モデルを開発し、VAEと死亡率との関連性をより詳細かつ正確に明らかにするための疫学的手法を用いました。
その結果、人工呼吸器を使用している重症患者にVAEが発生すると、その後の死亡率が約2倍高まることを突き止めました。また、入院期間や人工呼吸期間が延長することも明らかにしました。
VAEにもいくつかの種類がありますが、中でも人工呼吸器関連肺炎という院内感染症に起因するVAEは、死亡率が3倍以上に高まることも同定しました。
こうしてVAEを集中治療のQIとする合理性を論証するに至ったのですが、加えて、今回の研究の成果として、日本でのVAEの利用可能性を明確化した点も注目に値します。
実は日本では、一部の施設や学会が、QIとしての潜在性を信じてVAEを監視する公的サーベイランスを見切り発車させていました。つまり、VAEの妥当性が不透明なまま、その調査に医療資源や労力を割いていたことになります。
しかし、今回の研究成果によってVAEの妥当性を示すエビデンスを、これらの活動に加えることができました。今後のサーベイランス活動の大きな意味づけになったとも考えています。
また、今回の研究結果は、日本のみならず、世界においても、集中治療の質を判断する指標としてVAEの広く本格的な展開につながると期待されます。

VAEの予防法の解明が次のテーマ
VAEの発生をできるだけ少なくするような医療現場の努力が、患者さんの転帰の改善を実現する、より良い集中医療に結びつくと考えることができます。
この研究を活かし、今後は、集中治療領域における新たなQIとしての普及に向けて、VAEの予防法を解明し、重症患者さんに対する医療の質向上に貢献することを目指していきます。
患者さんやご家族、市民の方々にわかりやすく集中治療の質を明示できるよう、我々の研究グループが、引き続きこの領域を世界的に牽引していきたいと考えています。

この研究成果は、2025年9月1日、集中治療医学分野で世界的に高い権威を持つ学術誌『Intensive Care Medicine』(5-year Impact Factor:26.1⦅2024⦆、Category:Intensive Care‐Q1)に掲載されました。
A reappraisal of association between ventilator associated events and mortality among critically ill patients using marginal structural model: multicenter observational study.
https://link.springer.com/article/10.1007/s00134-025-08074-x
また、2025年11月10日に三重大学からプレスリリースとして発表されました。
https://www.mie-u.ac.jp/R-navi/release/938ad2c3bc8cdc8cfe1ad3f59354e281.pdf






