
“自分らしくあること”を支える緩和ケア
- 2025-6-20
- がん診療 CANCER MEWS
- #がん, #緩和ケア, #緩和ケアセンター
がんのみならず、多くの病気には痛みやつらさが伴います。身体的なものだけでなく、心も同じです。さらに、経済的なことも待ってはくれません。そんなとき、からだと心のつらさに寄り添い、少しでも軽くするためのケアがあることをご存じでしょうか。それは、「緩和ケア」と呼ばれ、今では病気のステージに関わらず、早期から必要に応じて受けることが推奨されています。
三重大学病院は、緩和医療専門医、精神腫瘍医、緩和ケア認定看護師、がん看護専門看護師、公認心理師などで構成された緩和ケアセンターを設置し、病院全体で実践する基本的な緩和ケアに加えて、より専門的なケアを提供する体制を取っています。
緩和ケアとは、「患者さんが病気と向き合いながらもできるだけ自分らしくいられるように支えること」、と話す緩和ケアセンターの松原センター長に聞きました。

緩和ケアセンター
センター長 医師
松原貴子
緩和ケアとは
「緩和ケア」とは、どういったものなのですか。
誰でも病気になると痛みやだるさなど、からだの苦痛の他に、気持ちの落ち込み、生活や仕事の心配、経済的な不安、家族への想いなど、様々なつらさや気がかりを感じることがあります。
緩和ケアは、病気に伴ういろいろなつらさを和らげたり、予防したり、取り除いたりして、「自分らしくあること」を支えていく医療・ケアのことです。患者さんだけでなく、患者さんを支える家族や周囲の関係者も対象となります。
緩和ケアの歴史はとても長く、ホスピスケアや終末期ケアとして発展してきましたが、現在は、早期から取り入れるものと考えられるようになっています。診断時、治療中、治療後を含めて、患者さんやご家族がつらさや気がかりを感じたときに、予後や余命に関係なく、いつでも受けられるものです。
がんだけでなく、心不全をはじめとする心臓疾患、呼吸器系慢性疾患、救急医療、希少疾患、難治性慢性疾患など様々な疾患の患者さんにも対象は広がっています。
緩和ケアは、全ての患者さんやご家族のためにあるのですね。
その通りです。病気の種類に関わらず、特に専門的な緩和ケアを必要とするタイミングとして挙げられるのは、大きく1)重い病気かもしれないとき、2)つらさや痛みが強いとき、3)つらさや痛みが続くとき、4)これからの治療を決めるとき、5)療養する場所を考えるときの5つです。
1つ目から3つ目までは、緩和ケアの大きな意義であることがおわかりいただけると思いますが、4つ目と5つ目は意外に思うかもしれません。
実は、医療やケアをどのように受けていくのかについて患者さんとご家族が納得して決められるように支援することも緩和ケアの一つなんです。治療を担当する医師とは別の角度で、決断に必要な情報を提供し、患者さんと一緒に考えます。

そうした緩和ケアは、専門的な医療機関でしか受けられないのですか。
まず、みなさまにぜひ知っていただきたいのは、当院を含めて緩和ケアチームがあるような病院でも、「基本的緩和ケア」といって、あなたを担当するすべての医療者が緩和ケアを提供する体制が通常取られているということです。
その上で、より専門的なケアが必要な場合に、医師、看護師、薬剤師、心理士、栄養士、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカーなど様々な職種が緩和ケアチームを作り、「自分らしくあること」を支えていくための医療とケアを行います。
また、多職種が関わって、病気の進行に伴うからだと心の苦痛を和らげることに力を注ぎ、患者さんやご家族が過ごしやすい環境を整え、日常生活を支える緩和ケア専門の医療機関もあります。
最近は、専門的な緩和ケアを提供する在宅クリニックも増えてきました。在宅療養の専門的な知識を持った訪問診療医や訪問看護師、調剤薬局、ケアマネージャーやリハビリ職などが連携して緩和ケアを提供しています。

からだの痛みや心のつらさに対する緩和ケア
心の荷物を軽くするために、まずは気持ちを伝えてほしい。
緩和ケアでは、その不安や動揺をお聴きし、
患者さん自身が大切にしていきたいことを一緒に考えていきます
身体的な痛みについては、具体的にどのようにケアするのでしょうか。
特にがんの場合は、痛みで苦しむのではないかと漠然とした不安を持つ方が多いです。しかし、がんに伴うからだの痛みのほとんどは、鎮痛薬を使うことで和らげることができます。
主治医による治療で十分緩和することも少なくないですし、高度な痛みがあったり、通常の鎮痛薬で十分に緩和が計れない場合には、緩和ケアチームの医師が加わり、専門的な疼痛緩和を行います。
医療用麻薬の種類や剤型、投与の方法も増えていますし、神経ブロックによる鎮痛法も選択肢になります。
鎮痛薬や医療用麻薬は、治療中にも安心して利用できるのですか。
がんの痛みに対する世界的に最も効果的で安全とされる「WHO方式がん疼痛治療法」では、痛みの強さに従って段階的に鎮痛薬を使います。一般的な消炎鎮痛薬では痛みがとれない場合には、医療用麻薬が使われます。
必要な量は、痛みの原因や強さ、鎮痛薬に対する反応の個人差によって異なるので、患者さんに効果を尋ねながら、細かく調整していきます。
鎮痛剤による一般的な副作用として、吐き気、便秘、眠気などが見られることもありますが、ほとんどは予防や治療ができるので、安心して痛みの治療を受けてもらうことができます。
「痛みはある程度はしかたがない、我慢しなくては」なんて思う必要はないのですね。
はい。医療用麻薬については、実際に「最後の手段」、「命が縮む」、「中毒になって廃人になってしまう」といった誤ったイメージから、適切な疼痛緩和治療を受けずに強い痛みを我慢してしまう方がいます。
しかし、強い痛みを長い間我慢すると、食欲がなくなったり、夜眠れなかったり、からだの動きが制限されたりして、気分がふさぎがちになり、よけい体力を消耗させてしまい、生活に大きな影響を及ぼします。それだけでなく、必要な検査や治療が受けられなくなることもあります。
がんの痛みは、軽いうちに治療を始めれば、短時間に十分な鎮痛を得られるものがほとんどです。「がんだから痛いのはしかたがない」とか、「痛いと訴えるのは治療医に失礼だ」などと思い言葉にしないのではなく、自分の痛みの症状を十分に伝えてください。
緩和ケアでは、心のケアも重視しているんですよね。
心を支えることも緩和ケアのとても重要な役割です。
がんと疑われたときや、病名や再発や転移を知ったときには、不安にかられ気持ちが動揺するのは当然のことです。また、「前向きにがんばらなければ」、「家族や周りに負担をかけてはいけない」と、がんばり過ぎる患者さんも多くいます。本人に心配させないように無理するご家族もいます。
一旦心の荷物を軽くするために、まずは気持ちを伝えてほしいと思います。私たちは、その不安や動揺をお聴きし、これからのことや患者さん自身が大切にしていきたいことを一緒に考えていきます。
また、家族の病気は、他の家族の心にもさまざまな影響を及ぼします。負担が強いと感じたらご家族の心のケアを提供します。
何がつらいのか、自分はどうしたいのか、自分自身でもわからないときがあるような気がします。
つらさや苦痛の体験は患者さんごとに異なりますし、同じ方でも病状や体調によって変わり、診療時の一場面だけでは見えてこないものです。
だからこそ、緩和ケアでは、十分な時間を取って、その方の気がかりを教えてもらったり、関心ごとを一緒に探すという姿勢でコミュニケーションをはかります。
患者さんやご家族の気がかりや関心ごとは多種多様なため、治療のみでは対処できません。緩和ケアチームで臨床心理士や医療ソーシャルワーカーを含む様々な職種が協働するのは、気がかりや困りごとを多面的に把握するためでもあり、それぞれの職種が得意とする視点を活かした対処方法や工夫を幅広く提供するためでもあります。

特に、「これからの治療」や「療養する場所」を決めるというのは、誰でもものすごく迷うタイミングだと思います。その決断をどのようにサポートしてもらえるのでしょうか。
病気が重い場合には、そうした選択が非常に難しい分岐点となることがあります。特に、最善の治療がない場合や、選択枝は複数あるが効果が不確定であったりする場合には、どちらとも決めきれないことは臨床場面でよくあります。
そんなときには、あなたのこれまでの生き方や考え方に関心を持ってコミュニケーションをとってきた医療・ケアチームが、あなた自身の中にある決定を引き出すお手伝いをします。また、医療者からの指導やアドバイスを一方的に受け入れるのではなく、ご自分の大切にしていることが尊重された医療・ケアの方針なのかどうかを見守っていきます。
また、療養を一番過ごしたい場所でするということも患者さんやご家族にとって大切なことだと私たちは考えています。それについても、緩和ケアチームが治療の主治医と病状に関する情報共有を行って、病状の変化の予測を行いながら、希望に沿う療養の方法を一緒に考えていきます。

そうしたからだの痛みや心のつらさを和らげることを通じて緩和ケアが目指していくのが、冒頭のお話であった「自分らしくあること」なのですか。
医療は病気をなくすことを最大の目標としていますが、すべての病気が根治できるわけではないということも事実です。また、根治が望める場合にも、それまでの道のりには、病気ならではのつらさがあるものです。
がんも抗がん治療の技術が発達して生命予後が改善されましたし、完全治癒が望めるようになりました。しかし、抗がん剤治療の効果が望めない状況になることや、抗がん治療を継続すること自体が体力を奪ったり体調を悪くしたりして、貴重な時間を自分らしく生活することがままならなくなることもあります。
時々、治療を受けることばかりに気持ちがいき、本来の自分らしく生活するために大事にしていることを後回しにしているのではないかと、我々から見てとても心配になる患者さんがいます。
治療を受けることはとても大事なことです。ただ、病気を抱えながらも自分らしく日々を過ごしていくために、治療を受けることをどのように捉えていけばいいのかと考えてみていただきたいなと思います。
とことん治療を受けることが自分にとって価値あることと考える方もいますし、副作用で体調が悪くなる期間があるなら、治療は受けずに家族と共に過ごす時間を大切にしたいと考える方もいます。
では、自分らしい生き方ってどういうことでしょうか。
そこには、医療者が均一に決めることができない、その人自身が生きていることについての見方や価値観があり、その人自身にしか語れない背景があると思います。
それを見つけるためのヒントはありますか。
「からだが自由に動かせなくなったら…」とか、「生きることが限られているのか…」なんて誰も自ら進んで考えたくないと思います。そうなるという前提ではなく、「もしも、そうなったら」と仮定して、普段から自分と相談してみるのはどうでしょうか。
人はそれぞれ人生観や思いに基づく人生設計を持って将来のことを考えています。それは、医療についても同じことが言えます。将来の病気やからだの状態についても、あらかじめ正確に予測しておくことはできません。
しかし、自分がどのような医療・ケアを受けたいか、または受けたくないかを、日頃から周囲の人たちとしっかり話し合っておくことで、“もしも”のときの医療やケアに自分の意向が反映されやすくなります。
自分と相談するのは、「今、大切にしたいことはなんだろう?」、「これができなくなったら自分らしく生きているとは感じられないと思うのはどんなことだろう?」の二つです。
さらに自分が「どうしてそう思うのだろう?」も言葉にしてみてください。
何よりも大事なのは、これらのことをあえて言葉にして、あなたの大切なひとたちに伝えることです。言わなくてもわかってくれるのは家族かもしれません。でも大事なことをしっかりと伝え合うことは、家族のきずなを深めますし、後々お互いを支えます。
こうした事前の準備をアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)と呼んでいます。これからの豊かな人生を目指してぜひ一緒に考えてみてください。
三重大学病院の緩和ケア
三重大学病院ではどのように専門的な緩和ケアを提供しているのですか。
三重大学病院の緩和ケアセンターは、緩和ケアのチーム活動を束ねる部署です。基本的緩和ケアを行う担当医師やスタッフから相談や高次の対応の依頼を受け、緩和ケアチームが主治医チームと共に診療・ケアをする体制をとっています。
センターには、身体症状の緩和を主に担当する緩和医療専門医・指導医、サイコオンコロジー学会登録の精神腫瘍医、緩和ケア認定看護師、がん看護専門看護師といった専門職が専従で配置されています。
その他、精神科医師、緩和医療専門薬剤師、公認心理師、医療ソーシャルワーカー、管理栄養士、鍼灸師など多職種の専門スタッフもチームとして専門的な医療とケアに当たっています。
退院後でも緩和ケアを受けることは可能ですか。
入院中だけでなく、緩和ケア外来も設けていて、その方の緩和ケアへのニーズに合わせて、緩和ケア医単独の診療、看護師によるがん看護外来、または複数職種によるチーム医療で対応をしています。
当院退院後、別の施設や在宅医療で緩和ケアを受けられる場合も、当院の病院担当医や緩和ケアチームが継続して連携し、必要に応じて治療やアドバイスを受けていただくことができます。

当院の緩和ケア外来はその窓口の一つでもある。
入院中あるいは外来で緩和ケアを受けたいと思ったらどうしたらいいのですか。
緩和ケアチームの診療は、担当医師から薦められることもありますが、患者さんやご家族から希望することもできます。治療が始まる時点で、「患者さんから希望があります」と、担当医師や看護師を通じて依頼を受けることも増えてきました。
当院では、患者さんやそのご家族のからだや気持ちのつらさを聴かせていただくために、看護師が中心となって「生活のしやすさ質問票」というシートを用いています。
この質問票による対話を通して、多くの患者さんの気がかりや不安への対応が可能になっています。質問票には、専門的チーム介入への希望をお聞きする項目もあり、望まれる患者さんも目立ってきました。
では最後に患者さんへのメッセージをお願いします。
緩和ケアが末期がん患者のものだけではないという考えが、一般の方にも少し伝わってきているので、自ら利用してみたい、話を聴いてみたいという方が増えてきました。
当院では、緩和ケアは、すべての医療者が診療の中で実践していることですので、まず、目の前にいる主治医・担当医、担当看護師に受けたいと言ってみてください。
担当の医師と看護師が対応できる内容の緩和ケアもありますし、そうでない場合は、我々緩和ケアチームに相談する・診療とケアを依頼するというシステムが院内にはありますので、迷わずご相談ください。

写真前列左から)近藤麻衣公認心理師、河野由貴副センター長(ジェネラルマネージャー)、竹口有美助教、松原貴子センター長、河野修大助教
後列左から)服部純怜管理栄養士、若子静保公認心理師、大塚侑希公認心理師、伊藤法子社会福祉士、岡枝保里がん看護専門看護師、辻井絵美がん看護専門看護師、長谷川真紀緩和ケア認定看護師、水谷栄梨薬剤主任、中谷祐介薬剤師
この他にも、薬剤部から岡本明大薬剤部副部長、上田舜薬剤師、稲垣早織薬剤師、リハビリテーション部から牛田健太理学療法士、鈴木良枝作業療法士、また向井雄高鍼灸師もチームに参加している。